ふーさんのタイ日記

齢50を超えてタイに赴任。人生初のラッキーが起こるか?

危険なタイを知っている?

【日本の空港隔離検疫で】

昨日のタイの新型コロナ新規陽性者2112名。

 

海外からの入国の際の隔離検疫中に陽性になった方5名

 

よってタイの国内感染は2107名。

 

亡くなった方15名。

 

クロントゥーイの市場やスラムに引き続いてホワイクワンの市場でも出ているとか。

 

あの辺りはお風呂屋さんが一杯あって結構好き。。。

 

それにしても夜街と言うか娯楽関係の感染者も多く出ているが、市場関係もやたらと出ている様な気がする。

 

元が何処かはともかくとして。 

 

 感染経路不明の陽性者が急増していると聞く。

 

こうなると本当に気を付けないと我らがタイ工場近くの片田舎な街も本当は蔓延してるんだと思う位が丁度良いのかも。

 

それに合わせた防疫をしっかりと。

 

改めて感染予防の確認が必要かな。

 

4月になりタイから日本へ帰国する日本人の空港検疫新型コロナ陽性者が増えていると。

 

3月まではこういった事はほとんど無かったらしい。

 

それからすると実しやかに言われていたタイには大量の無症状者が居るは否定される現象の一つだと思う。

 

今回のタイの新型コロナ第3波以前。

 

実際に街中にはそれほど新型コロナウイルスの保持者は居なかったのだと思う。

 

ところが今回の第3波。

 

感染力の強いと言われる変異株のせいもあるのだと思う。

 

知らぬ間のウイルス保持。

 

幸にして日本の空港検疫で発覚した方々は全員無症状者。

 

こうなると今のバンコクを代表される大都市で陽性者が大量に出ている状態。

 

今こそ自分では全く気が付かない間にウイルスを貰っている。

 

陽性者が多すぎてタイムラインが追い付かないのも有るとは思う。

 

その為、知らぬ間にクラスターを起こしている場所があるのかも知れない。

 

しかし感染者全員が無症状であるためにPCR検査へ行く事も無い。

 

そして忘れた頃の有症状の感染者。

 

最早何次感染かも不明な位の状態で症状が出た人がいる場合。

 

追う側としては点を線で結んだつもりであるが、実際には相当に飛び飛びの点であった場合。

 

そして気が付かない内にミッシングリングに自分が組み込まれていた場合。

 

タイで抗体検査って受けられるのかな?

 

この第3波が落ち着いたらやってみたい気がする。

 

調べてみよう。

 

新型コロナと言えば何処ぞの氷屋さんでクラスターが発生したとか。

 

作られた氷は出荷停止に。

 

輸入食品から新型コロナウイルス検出何て報道もあったくらいだから、国内流通品に新型コロナウイルスが付着してても何の不思議もないよなぁ。

 

それにしても氷だと加熱するはずもないし、危険なんだろうな。

 

タイの氷と言えばタイ人からすると飲食用の氷も安心出来ない感じが受け取れる。

 

結構みんな氷は汚いって言ってるし。。。

 

まさかとは思いたいが、感染力の強いと言われるB7.1.1型。

 

いわゆるイギリス変異株。

 

数も多ければ挙句はスパイクタンパク質の人体との結びつきも強いとか。

 

ワクチンも重要だが早いところ治療法を確立して欲しい気もする。

 

少しでも早くマスクも無しでみんなの笑顔が見られる様に。

 

【何も無し】

2000年代前半の頃のタイのお話。

 

お酒を飲みながらお友達から毎度聞いているからな。。。

 

だいぶ私の妄想も絡まってきていると思う。

 

 

 

2005年よりも少しの前のタイだと思う。

 

スクンビット通りの大半はタクシー。

 

ソレも個人タクシーなのかな?

 

緑と黄色のタクシーが大半であったと。

 

そして交通ルールも見事なモノで右折レーンから左折。

 

一番左を通行しているのに右折なんてのは何の不思議もなかったと。

 

今でも信号は有るのかな。

 

スクンビット通りの特殊按摩がやたらと並ぶソイの近くの信号。

 

皆様ご存じの通りタイは丁字路だと直進する車は赤でもトロンパイOK!

 

ふと思ったが話は逸れる。

 

日本人の多くは直進を「トンパイ」と言っていると思う。

 

たぶん正しくは「トロンパイ」。

 

そしてお水「ナンパオ」私もこの派である。

 

たぶん正しくは「ナンプラオ」。

 

何故なら「カオプラオ」。

 

私の読みである。

 

プラオは普通の意味では?

 

そして半分を表す「クン」。

 

エビじゃないよ。

 

上る訳でも無い。

 

これも「クルン」だった。。。

 

8時半なら8時クルン。。。

 

コレを聞き分けている。

 

トロン、プラオ、クルンをそれぞれゆっくり言うとまず通じる事がこの連休中に分かった。。。

 

話を戻す。

 

その信号に合わせてスクンビット通りを渡ろうとしたお友達。

 

日本であれば問題は無いが、直進車は今でもビュンビュンである。

 

それでも最近は譲ってくれる方が多くなったのかな?

 

そんな中で中央分離帯で立ち往生していたお友達。

 

通りすがりの女性が今だと手を引いて渡ってくれたと。

 

そしてあの特殊按摩通りに車が入ろうとした時。

 

今でも?

 

今では女性が一杯並んでるのかな?

 

この当時はあのソイの中にやたらと屋台が並んでいたと。

 

そこへ車が入ろうとすればギリギリ。。。

 

さすれば人が集まり車の周りのみてくれたと。

 

オーライ、オーライと大きなジェスチャーで屋台ギリギリを通り抜ける。

 

そんな昔であったご様子である。

 

我らがタイ工場近くの片田舎な街でも今ではそんな姿は全く見ない。

 

せいぜいいガードマンさんがリアカメラが有るのにオーライ、オーライ位。

 

実は邪魔。。。

 

そして何より。

 

その当時の夜。

 

やはり多少なりと物騒であったと。

 

この時にお泊りなったホテルは道を渡ればコンビニがあった。

 

後に同じソイではあるがずっとスクンビットに近いホテルを定宿としたと。

 

この定宿を変えてからは当然コンビニがその分遠くなる。

 

お客さんより念のため一人で深夜にコンビニに行かないでくれとお願いが。

 

それだけ物騒であったと。

 

実際にこの頃の深夜のスクンビット通りは殆ど車の通りも無くなったと言っていた。

 

何故それを知っているのか。

 

お歌を歌う事にハマり、帰りが遅くなる事がしばしばとなるのはこののち。

 

その時である。

 

ふらふらとスクンビット通りを歩いていると、スクンビット通りの反対側に居たタイ人数名が何か叫んでいたと。

 

ただの酔っ払いと思っていたお友達。

 

ところがどうも道の反対側からこちらに向かって何かタイ語で喚き散らしている様子に気が付いた。

 

すると。。。

 

そのスクンビット通りの反対側がらビール瓶らしきものが飛来。。。

 

大きな音を立て歩道に着弾。。。

 

粉々に瓶が砕け散り、その飛散した一部がお店のシャッターにも当たりさらに大きな金属音を立てたと。

 

今でもその恐怖は心に残っている。

 

とにかく酔っぱらってはいたが走ってその場を離れ、追って来る様子が無い事を確認してからホテルへ入ったと言っていた。

 

それ以来である。

 

道の反対のコンビニへ行くならサンダルで行くかもしれない。

 

しかし飲みに出たり、多少なりと出る事になれば絶対に運動靴を履くようにしたと。

 

外国では何が有るか分からない。

 

日本でも想定外の出来事に出くわせば事件や事故と言うのだと思う。

 

そして何が有っても一番は逃げる事。

 

本当の万が一の際には多少の犠牲を払っても逃げる事が1番である。

 

何事も真に強い人ほど危険を察知する能力も高く、戦闘力も高いのにとにかく逃げ足も速い。

 

仕事じゃないよ。。。

 

経済発展の入り口に立ったころのタイだと思う。

 

日本人感覚丸出しであったとこの当時を反省しきりで語ってくれたお友達。

 

余計な事だけ覚えて行ったと。

 

大切な事はいつも後回し。

 

どうでも良い事から覚えていく。

 

ソレはソレで今でも役に立っていると。

 

何かあってからでは遅い。

 

何も無いから安心しても、これら注意を怠っていれば何かが有ったかもしれない。

 

しかし何かが有ったどうかは証明する事も出来ない。

 

それでも何も無かった事が大切だと思う。

 

「また明日」。

 

そんな軽い挨拶の言葉が意外と重くなる可能性の外国を感じ、50も超え髪も薄く肥えた血糖値の気になるおっさんも今更何も無くて良かったと反省しきりである。 

 

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